日本音声学会賞

日本音声学会では2008年度より,各年度の『音声研究』に発表された新規性を持つ優れた論文に対して優秀論文賞を授与しています。また,各年度の全国大会における大学院生あるいは40歳以下の会員を筆頭発表者とする優れた研究に対して優秀発表賞を授与しています。2012年度からは、音声学分野の発展を奨励することを目的として「学術研究奨励賞」が新設され、音声学分野における優れた成果を表彰しています。

学術研究奨励賞応募要項
2016年度
優秀論文賞
五十嵐陽介「名詞の意味が関わるアクセントの合流―南琉球宮古語池間方言の事例―」第20巻 第3号、46-65頁
授賞理由:
 本論文では、まず、これまで知られていなかったタイプのアクセント変化があることを明らかにした。語の意味特徴が関与するというものであるが、池間方言においては、これまでに知られていた、特定の意味を共有する語の集合が同一の型に変化するというタイプのものとはまったく異なり、特定の意味を共有しないという条件によって語のアクセント変化がもたらされた、ということを示した点で大きな新規性がある。これによって南琉球語のアクセントに関わる問題の説明がつく。また、分析においては韻律語という概念の重要性が示されるなど、総合的に見て音声研究のみならず言語研究の広い分野に影響を与える重要な論文である。
優秀発表賞(第30回日本音声学会全国大会)
五十嵐陽介(共同発表者:平子達也) 「「肩・種・汗・雨」と「息・舟・桶・鍋」がアクセント型で区別される日本語本土方言 ―佐賀県杵島方言と琉球語の比較―」
授賞理由:
 本発表は、従来琉球諸方言にしか存在が確認されていなかった、2拍名詞B系列とC系列の区別が、本土方言である佐賀県杵島方言に存在するという新事実を提示し、日琉語族の系統に関する従来の説の見直しを提言したものである。調査語彙の選定、結果の整理など基礎的な手順を慎重に踏み、新事実を説得的に示した。また、当該分野以外の聴衆にも理解しやすいように、前提事項や調査分析のプロセスを整理して丁寧に説明するとともに、論のポイントを明確に主張した。内容の新規性・展開性、発表方法ともに優れたものとして評価した。
小西隆之(共同発表者:矢澤翔、近藤眞理子) 「日本人英語学習者の挿入母音の持続時間長に関する研究」
授賞理由:
 本研究はL2 英語音声コーパスを用いて初級と上級の日本人英語学習者の英語発話における母音の持続持続時間長を比較し、上級話者の挿入母音(平均 56ms)の方が初級話者のもの(平均 73ms)よりも有意に短い(t(743) = 7.1875, p < .01)ことを明らかにしたものである。日本人英語学習者の英語発話における挿入母音の問題については、日本人英語学習者の母音の誤挿入率が習熟度の上昇と共に低下すること、一方挿入される母音の音質は習熟度が上昇してもあまり変化しないこと(Yazawa et.al. 2015)、習熟度にかかわらず英語のストレス対立に母音の音質を用いていないこと(Lee et al. 2006; Kondo 2009; Konishi & Kondo 2015) 等が既に明らかにされている。本研究により、上級英語学習者は挿入母音の持続時間長も初級話者のものより短くなり、発話がより英語のリズムに近づいていくことが新たに示唆された。本発表は研究デザインが十分に練られており明瞭な発表であったこと、日本人英語学習者の英語発話リズム習得過程の解明に十分に寄与する研究であるという理由から、優秀発表賞に相応しいと評価した。
学術研究奨励賞
成果の名称: 「声道模型とそれを用いた音声教育のための電子教材Acoustic-Phonetics Demonstrations」
応募者:荒井隆行(上智大学理工学部)
推薦者:川原繁人(慶應義塾大学言語文化研究所)
授賞理由:
 荒井氏は、すでに千葉・梶山が測定した声道データに基づいた声道模型を復元し、国内外の多くの教育機関、研究機関、あるいは博物館等で採用されて、音声学の教育に多大の貢献をするとともに、千葉・梶山の先駆的業績の発信に寄与してきた。近年では、さらにホルマントとの関係をより直感的に把握しやすい3管声道モデルやスライド型モデルなどへの拡張、また3Dプリンタの出力用STLファイルの公開など、音声教育用教材の開発をいっそう発展させている。
 また、音声生成の音響的かつ音声学的教育のためのデモンストレーションをWeb上で公開するなど、社会の多くの層に音声生成の仕組みを理解してもらうというソフト面での貢献も大きい。さらに、これら教材開発、教育方法の内容は、国際会議等の発表や論文化がなされており、国際的業績も大である。
 以上の理由から、荒井隆行氏の「声道模型とそれを用いた音声教育のための電子教材」を2016年度の授賞としたい。
2015年度
優秀論文賞
松井理直「日本語の母音無声化に関するC/D モデルの入力情報について」第19巻 第2号、55-69頁
授賞理由:
日本語の母音無声化に関する生成と知覚実験の結果に基づいて,中枢での音形指定から調音運動と出力音声を体系的に結びつけるC/D モデル(藤村,1992, 2007, 2015)の入力情報表現について新たな提案を行った論文である。まず,日本語の無声化母音は摩擦母音というべき母音の異音であること,ウ音の変異音としての摩擦母音は[s]音,イ音の変異摩擦母音は[ɕ]音の性質に近いことを実験的に論じている。次に,母音無声化を例としてC/D モデルを検討し,その入力情報は藤村の提案通り音素単位でなく音節単位であること,音節は母音や子音の調音運動を指定する必要最小限の原子要素の集合で表され,語は音節集合のリストとして表現され得ること,音節集合は音節量の単位であるモーラを明示的に内包すべきであること,素性の過小指定は原子要素の性質から自然に表現され音声現象に具現化され得ることを示している。 離散的記号が連続的音声信号にどのように変換されるのかという音声研究の歴史的課題に取り組み,抽象的表現から調音運動と音声実態を導く理論を実験結果に基づいて丁寧に論証しており,論文賞に相応しいと評価した。
優秀発表賞(第29回日本音声学会全国大会)
該当無し
学術研究奨励賞
(1) 成果の名称: マイボイス:難病患者様の失われる声を救う
応募者:川原繁人(慶應義塾大学言語文化研究所准教授)
推薦者:北原真冬(早稲田大学法学部教授)
受賞者:川原繁人ほか8人
受賞者一覧(50音順)
荒井隆行(上智大学理工学部情報理工学科教授)
今関裕子(都立神経病院リハビリテーション科マイボイス編集事務)
川原繁人(慶應義塾大学言語文化研究所准教授)
杉山由希子(慶應義塾大学理工学部准教授)
本間武蔵(都立神経病院リハビリテーション科作業療法士)
増田斐那子(早稲田大学理工学術院助教)
松井理直(大阪保健医療大学保健医療学部教授)
皆川泰代(慶應義塾大学文学部准教授)
吉村隆樹(パソボラ こころのかけはし)
授賞理由:
本申請は、発話が困難な方々が自分の声を失う前の録音音声を用い、自分の声で音声コミュニケーションを可能にするソフトウェア「マイボイス」の開発と、それを用いた活動全般である。本申請内容の社会貢献は非常に大きい。例えば、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患った方が自分の声を失う前に日本語基本モーラ等を録音しておくことで、声を失った後も家族や周囲の人と「自分の声」で会話を続けられるようになる。
「マイボイス」が画期的である点は、自分の声を大事にしていること、無償であること、録音の負担が最小限に留められていること、準備や操作が容易であること、発話内容もカスタマイズできるところなどである。そして、このマイボイスについては、さまざまなソフトウェアの改良、録音作業の実施、啓蒙活動などが展開されている。
それらの活動の成果と音声学に関する貢献は、次のようにまとめられる。1)すでに200人以上の声を救い、本人が自らの声でメッセージを伝えることを可能にし、家族を含む介護者との間に繰り広げられる音声コミュニケーションを支援している。2)日本語におけるモーラベースのテキスト読み上げ音声合成技術を通じ、音声学的な知見を取り入れることによる音声の品質改善が行われている。3)近赤外線分光法を用いて、「自分の声で発すること」に対する意義を神経学的なアプローチにより解明している。4)音声学の授業等でマイボイスの取り組みを取り上げることにより、「音声学の社会貢献」を若い世代に伝え、将来の音声学の発展に寄与している。
マイボイスに関連した取り組みは、音声学の発展と普及に大きく貢献し、本賞の趣旨にも合っている。以上が本申請についての授賞理由である。


(2) 成果の名称:「「しまくとぅば」関連教材の作成と普及」
応募者:中本謙(琉球大学教育部教授)
推薦者:大野眞男(岩手大学教育部教授)
受賞者:中本謙ほか6人
受賞者一覧(50音順)
内間直仁(千葉 大学名誉教授、2014年逝去)
加治工真市(沖縄県立芸術大学名誉教授)
田名裕治(沖縄県教育庁立県立学校教育課指導主事)
仲原穣(沖縄県立芸術大学音楽学部非常勤講師)
中本謙(琉球大学教育部教授)
西岡敏(沖縄国際大学総合文化部教授)
野原三義(沖縄国際大学名誉教授)
授賞理由
本申請が本賞授賞に値する優れた点は3つある
1.2009年、ユネスコに消滅の危機に瀕した言語に指定された琉球方言を母方言とする沖縄県の若者に向けて編まれた教科書である。琉球方言の音声的特徴は、日本語方言の中でも特徴があり、小さな島の中でも小字が違えば音声や音韻体系が異なることが知られている。方言研究では音声学が必須であるが、琉球方言は、音声学的基礎がなければ、研究も習得も不可能であるといってよい。このうち、国頭方言(本島北部)、那覇方言(本島南部)、宮古の方言は、ユネスコでは「危機」指定であり、八重山方言と与那国方言は、「重大な危機」に指定されている。沖縄県民の方言に対する理解を深め、継承・保護を目的として、方言音声に十分な配慮をして沖縄県の全高校生、中学生、小学生に配付されている。
2.琉球方言の話し手で、かつ琉球方言研究に長年の経験のある優れた言語研究者によって編まれたもので、解説の内容が記述言語学的に裏打ちされていること。編者は、伝統的琉球方言の話し手であるベテランの研究者と、伝統方言を継承しない中年層の話し手の気鋭の研究者の観点が入った共同作業である点も優れている。高校生向けの解説書を例に挙げれば、第一章が、日本語の中での「琉球方言」の位置づけ、音声特徴(母音、子音)の概説、文法特徴、語彙特徴、琉球方言の方言区画が平易に説かれる。第二章は、那覇方言と、宮古方言(佐良浜方言)の概説で、それぞれの方言の音声(母音と子音)や音対応、文法の活用や助詞・助動詞の記述、語彙等の解説がある。第三章は、琉球方言の若年層で行われるウチナーヤマトゥグチについて、音声特徴、文法、語彙特徴や、気つきにくい方言について説く。ウチナーヤマトゥグチとは、伝統的方言が失われた琉球方言の中で、新しく沖縄の地方共通語として広まっている生活語で、音声的にも特徴がある。また、音声学を知らない生徒に、琉球方言をカナで表記する工夫をした五十音図を付すが、音韻論的に裏打ちされた仮名遣いである。
3.沖縄中南部、沖縄北部、宮古方言の具体的方言音声がCDで提供されていること。方言音声提供者は、当該方言の生え抜き話し手である。方言音声の使われる場面を設定し、那覇方言、国頭方言、宮古方言の各地点で比較できるように収録されている。音声と共通語訳がついていて比較しやすい。国語教材として方言の単元はあっても、どのように教えればいいのか戸惑う教育現場の声は、よく聞かれる。この音声CDは、教育現場で指導する際の福音となる。ウチナーヤマトゥグチの話し手は、今でも、全国共通語との差に気後れすることが多い。母方言の教育は地域のアイデンティティ確立に貢献する。
2014年度
優秀論文賞
吐師道子・小玉明菜・三浦貴生・大門正太郎・高倉祐樹・林良子氏「日本語語尾撥音の調音実態: X線マイクロビーム日本語発話データベースを用いて」第18巻 第2号,95-105 頁
授賞理由:
本研究は X 線マイクロビーム日本語発話データベースを用いて語尾撥音/N/の調音実態を解析し,語尾/N/の調音位置は自由度が高く発話者間変動が大きいこと,従来の主たる仮説であった口蓋垂鼻音だけには限定されないことを定量的 に示したものである。
本研究の評価すべき新規性のひとつは,17 名に上る発話者の調音実態を定量的に解析し、調音の個人性,多様性,柔軟性を立証した点にある。単一の発話者を対象とした従来の研究では困難であった成果であり,調音動態研究におけるデータベース活用と定量的実証研究の進展に寄与すると評価した。
文章も明快で,当該領域以外の読者にも理解しやすいように書かれており,調音音声学のみならず音声学・音韻論を扱うすべての研究者にとって大きな刺激を与える内容になっている。
優秀発表賞(第28回日本音声学会全国大会)
阿栄娜(共同発表者:酒井奈緒美、森浩一) 「吃音者の阻止(ブロック)の頻度―シャドーイングと復唱の比較―」
授賞理由:
 吃音のブロックにシャドーイングがどのように関与するかを厳密に調べた研究で、シャドーイングが有用であ る可 能性を示した。研究の射程が明確で、結果も明瞭であった。質疑に対する応答も適切であった。
学術研究奨励賞
応募無し
2013年度
優秀論文賞
森 浩一・蔡 暢・岡崎 俊太郎・岡田 美苗「カタカナ単語読み上げの神経機構と発達性吃音成人の脳活動パタンの特徴」第17巻 第2号29–44頁
授賞理由:
 本論文は、カタカナで表記された単語を読み上げるときの脳活動を機能的MRIで計測し、吃のある人とない人との脳活動の違いを明らかにした。親密度を統制した単語と偽単語を視覚提示して読み上げる課題を行い、読字の脳機能モデルであるDRCモデルとの整合性を考察している。学際性の高い音声学会にとって専門分野の垣根を超えて日本語音声や発話の中枢機構に関する知的好奇心を刺激する論文であり,今後のさらなる進展を期待させる論文である。
優秀発表賞(第27回日本音声学会全国大会)
ヴァフロメーエフ・アナトリー 「日本語母語話者のL2ロシア語における無声舌頂閉鎖音の音響特性と素性」
授賞理由:
 本研究は、ロシア語母語話者と日本語を母語とするロシア語学習者を対象に、口蓋化破裂音と破擦音がどのように産出されているか実験的に検討したものである。ロシア語母語話者が両音を明確に区別しているのに対し、日本語母語話者は区別できていないことを明らかにした。予稿集の内容も充実しており、口頭発表も明瞭でわかりやすかった。また質疑に対する応答も適切であった。
学術研究奨励賞
成果の名称: 「オンライン日本語アクセント辞書の開発と普及」 http://www.gavo.t.u-tokyo.ac.jp/ojad/
受賞者: 峯松信明,平野宏子,中川千恵子,中村則子,田川恭識,中村新芽,広瀬啓吉,橋本浩弥,水上智之,鈴木雅之
授賞理由:
本研究成果の授賞理由は、以下の5点としてまとめられる。
  1. 「オンライン日本語アクセント辞典」の開発は、音声合成の知見を教育に応用したもので、教育的に非常に価値が高い。アクセントの基礎研究と応用が結びついた成果として評価できる。
  2. 公開後も、教員や学習者のフィードバックを踏まえた改良を重ねてきた実績をもち、継続性・発展性という点においても評価できる。
  3. 教室内での活用方法の提案や学習者の自律的学習の促進、講習会などの開催による普及活動の面での実績がある点も評価できる。
  4. 日本語学習者が自由にアクセスして、すぐアクセントを聞き取り・確認できるよう、ユーザーフレンドリーな環境整備にも努めており、社会的波及効果が期待される。
  5. 複数言語版の運用がはじまっており、大きな波及効果が見込まれる。
2012年度
優秀論文賞
五十嵐陽介・田窪行則・林由華・ ペラール トマ・久保智之氏「琉球宮古語池間方言のアクセント体系は三型であって二型ではない」第16巻第1号134–148頁
授賞理由:
 本論文は,琉球宮古語池間方言は語の長さにかかわらず2種類のアクセント型しか持たない二型アクセント体系を有するという旧説に対して,それが三型であることを名詞アクセントの多角的な検討を通じて示し,宮古語のみならず南琉球グループ全体のアクセント史研究を進展させたものである。
 本研究の評価すべき新規性のひとつは,名詞の3種類のアクセント型の違いが単独発話時やそれに助詞が接続する環境ではなく,「名詞+2モーラ助詞+述語(文末)」という環境で顕在化することを発見したことである。これは,アクセントの類型論的な面で池間方言の特異な共時的性格を明らかにしただけでなく,単語レベルの現象であっても文における実現形の中でとらえるという,本来あるべきアクセントの研究方法の有効性を示した点で日本語方言アクセント研究全体にも資するものである。 
 また,3種類のアクセント型が存在することを,音響分析で得られた高さデータの多変量分散分析とクラスター分析を通じて示している点にも方法論的新規性がある。
 文章も明快で,当該領域以外の読者にも理解しやすいように書かれており,音声学のみならず音韻論や文法を扱う言語学者にとっても大きな刺激を与える内容になっている。
優秀発表賞(第26回日本音声学会全国大会)
青井隼人「宮古多良間方言の三型アクセント体系」
授賞理由:
 本研究は,絶滅の危機に瀕して,話者が減少している南琉球の多良間方言のアクセントについて,現地に赴き,堅実な記述調査を行ったものである。先行研究の成果を踏まえ,複数の助詞を調査語に用い,さらなる詳細な分析を試みた。その結果,フット構造やアクセント型の中和という視点を導入しながら,当該方言が三型アクセントであることを説得力を持って提示した。また,発表の方法も非常によく準備されており、簡潔で説得力があった。実際の方言音声を,音響分析による基本周波数曲線とともに聞かせたことも,分かりやすい発表として評価した。
鮮于 媚(共著者:張えん龍・加藤宏明・匂坂芳典)「タイミング制御特性に着目した非母語話者の日本語音声の評価―日本語の長短音素を中心に」
授賞理由:
 本研究は,日本語の長短音素の非母語話者による音声実現について,客観的な評価基準を提案したものである。母音の開始点のインターバルを時間制御のマーカーとして採用し,主観的評価との相関を検討している。提案法は,モーラ長を基準とした従来法よりも,主観的評価とより高い相関を示すことが示されている。研究の課題,手法,結果の提示ともに明瞭で,一つのまとまりのある成果発表として評価できた。
学術研究奨励賞
成果の名称: 基礎資料「発声と声帯振動 -ファイバースコープを用いた観察-」
http://www.speech-data.jp/phonation/index.html
受賞者: 林良子、坂井康子、金田純平
授賞理由:
 本申請は発声の仕組みを理解するために、各音声器官と声帯振動についての映像・音声を言語教育・音声教育の基礎資料として提供するもので、正常発声のみならず、「逸脱した」発声についてもカバーしている。「研究発表等ではその業績が評価されにくい成果」であり、本賞の趣旨にも適合しているものと判断される。研究成果と教育的意義の両方を持ち合わせ、音声学への貢献度も高く、また言語学、外国語教育、音声言語医学分野などにまたがる学際的な成果でもある。Web上でも公開を予定されているとのことで、それが実現すればさらにインパクトが高いものになることが予想される。
2011年度
優秀論文賞
新田哲夫「福井県三国町安島方言におけるmaffa《枕》等の重子音について」第15巻第1号
授賞理由:
 本論文は福井県三国町安島方言にmaffa(枕),ffoi(黒い),ssoi(白い),abba(油)のような重子音が見られることを臨地調査にもとづいて報告し,当該方言についての文献資料や他の本土方言の事例を参考にしながら,これらの重子音の成立過程について説得力の高い提案を行っている。また,そうして推定した重子音の成立過程が,琉球方言における音変化についての通説的仮説を再検討するための手がかりになりうることを指摘している。
 聴覚的に判断しやすいものとはいえ,考察の対象となる音声が確かに重子音であることを画像や音響的証拠により示していない点は惜しまれるが,琉球方言を含めた日本語全体を視野に入れて音変化の類型性を探り,推定した音変化プロセスの妥当性を裏付けようとする姿勢は,個別方言の記述研究に終始しがちであった従来の方言音声研究とは一線を画する意欲的なものである。また,琉球方言についての指摘が,異論の余地を残しつつも今後の発展的議論の引き金となる可能性を有している点も評価に値する。
前川喜久雄「PNLPの音声的形状と言語的機能」第15巻第1号
授賞理由:
 かつて大石初太郎氏が「あと高型」のプロミネンスと呼んだ現象を句末イントネーションとして再定義したのがPNLP(Penultimate Non-Lexical Prominence)である。本論文は『日本語話し言葉コーパス』におけるその出現環境について,発話単位内の位置との関係に注目して分析し考察を行っている。結果として,日本語話者は数秒から10数秒におよぶ談話単位のまとまりを示す,あるいはその終了が間近であることを予告するために,必要に応じてPNLPを生成している可能性が高いことを述べる。  提示された結果はPNLPの特徴のひとつを示すものであって,著者自身も書いているように残された課題も少なくないが,内省や読み上げ文の分析からは想像困難な意外性の高い結果であり,談話音声コーパスの特性を有効に利用した新規性の高い研究である。データの処理法や検証方法にも参考になる点が多い。
優秀発表賞(第25回日本音声学会全国大会)
安 啓一 (共著者:荒井隆行・小林 敬・進藤美津子)「語頭の無声摩擦音・破擦音識別におけるcuetrading―摩擦部の持続時間と振幅に着目して―」
授賞理由:
 本研究は,音声知覚における若年者と高齢者の差を明らかにすることを目的として,無声摩擦音・破擦音の識別実験を行い,摩擦音と破擦音の識別のキューとして,「摩擦部の立ち上がりの傾き」と「摩擦開始部の立ち上がり時間+摩擦定常部の持続時間」の2パラメタが重要であること,およびこの2パラメタ間にトレーディング関係があることを明らかにした。また高齢者では,このトレーディング関係における,摩擦部の立ち上がりの傾きの重みが弱まることも明らかにしている。緻密な実験に基づいて,音声知覚の特性に関する明確な知見を得ている点,および音声知覚の加齢変化を科学的に明らかにして音声科学に対する社会的要請に応えた点を評価した。
2010年度
優秀論文賞
前川喜久雄「日本語有声破裂音における閉鎖調音の弱化」第14巻第2号
授賞理由:
 本論文は現代日本語の有声破裂音/b/ /d/ /g/における閉鎖調音弱化の実態と要因を「日本語話し言葉コーパス」を用いて詳細かつ精緻に検討したものである。従来示唆されていたような語内位置(語頭かどうか)という要因ではなく,調音を行うためにどれだけの準備時間を確保できるかが破裂性の有無を決定づける大きな要因であることを説得力をもって示しており,今後調音音声学の分野で多く引用されることになると思われる。また本論文はコーパスを利用することの意義を読者に知らしめ,その効果的な利用方法を提示しているという点でも評価され,『音声研究』誌の模範とするにふさわしい論文と認められる。
優秀発表賞(第24回日本音声学会全国大会)
武内真弓(受賞者)・五十嵐陽介「中国語普通話の軽声にみられる特異な声調実現:人称代名詞,および軽声が連続する場合」
授賞理由:
 この論文は,現代中国語において,声調が複数の音節を単位として生じる現象を分析している。武内氏と共著者の五十嵐陽介氏は,すでに日本音声学会第23回全国大会での発表によって、現代中国語にこの現象が存在することを指摘していたが,そこで分析対象としたのは,語としては疑問詞だけ,声調としては「二声+軽声」と「三声+軽声」に限られていた。
 本研究は,この先行研究を発展させて,同じ現象が人称代名詞と普通名詞にも観察されること,また,「一声+軽声」にも生じることを確認して報告したものである。
 企画委員会では,比較的に調査がいきとどいていると考えられていた現代中国語の声調にも未解明の興味深い問題が存在することを指摘した点,堅実な実験手法によって現象の実在性を明確に示した点,ならびに,とりあげている問題に将来の発展性が認められる点を評価して,優秀発表賞にふさわしいと判断した。
2009年度
優秀論文賞
該当なし
優秀発表賞(第23回日本音声学会全国大会)
鮮于 媚(受賞者)・田嶋 圭一・加藤 宏明・匂坂 芳典「韓国人日本語学習者による日本語の促音の聴取訓練の効果―聴取訓練後に見られる生成の般化作用を中心に―」
授賞理由:
 本研究は韓国語を母語とする日本語学習者に最も困難と言われる促音の効果的な聴取訓練方法を確立するために,聴取訓練を実施してその学習効果の範囲を検証した。
 学習者を2グループに分け,促音・非促音のミニマルペア15対(30語)組と長音・非長音のミニマルペア15対(30語)についての聴取訓練を発話速度を変化させて受けたグループと,一定の発話速度で聴取訓練を受けたグループについて訓練前後のテストを比較した。
その結果,促音については聴取テストでは発話速度を変化させたグループと一定の発話速度によるグループでは有意な差が見いだせなかったが,変化させたグループでは早い発話速度における長音・非長音の聴取能力が向上する傾向が見られた。
 また,訓練を受けなかった学習者と訓練を受けた学習者では明確に違いが見られた。さらに,生成の面でも促音と非促音の子音持続時間の差や,長母音と短母音の持続時間の差が大きくなるという結果が得られた。  特殊拍について着目して特に訓練を行うことにより,韓国人学習者の拍意識が高まるという方向性を見出した点に意義がある研究である。
 発表の仕方,質疑応答の態度についても高く評価された。
2008年度
優秀論文賞
郡 史郎「東京方言におけるアクセントの実現度と意味的限定」第12巻第1号
授賞理由:
 東京方言アクセントにおける弱化・非弱化の現象が,どのような規定要因によって生起しているのかに関して,実証的データに基づいて検証した論文である。このアクセントの弱化は「枝分かれ構造のような統語構造」の制約によるものである,という従来の指摘に対して,「意味的な限定の有無」がその実現を規定するという新たな考え方を提唱している。
議論にあたっては,「統語構造による制約」であるとする先行研究の追試実験を行って,そこで検討すべき問題点を整理した上で,「意味的な限定とアクセント弱化の関係」についての発話試料の分析や合成音声を用いた聴覚実験を行っている。そこでは「統語構造の制約」と「意味的な限定」を対比し,系統的に計画した実験を行うことで,実証的データに基づく反証に成功している。
 音声の産出と知覚の両面から実験によって確認した信頼性の高い論文である。
 合成音声を用いた実験の手法や,統計指標の扱いにはさらなる改善の余地があると思われるが,アクセント弱化の現象に係わる新たな考え方の提唱にあたり,科学的な反証手続きに則って,系統立てて整理された実験の結果を通して議論を深めている点は,高く評価できる。
 「非限定的修飾と限定的修飾の言い分けがなされていないケース」を議論せざるを得なかったように,「意味的な限定の有無」の定義そのものには,まだ揺らぎがあるように見受けられる。その点に関しては,統語構造による制約の立場からの実証的な反論も可能であるかもしれない。しかし,本論文で体現されている科学的な反証可能性に基づく研究姿勢が守られる限り,そのような反駁と対峙する切磋琢磨の中で,将来的にさらに洗練された論理的な研究の展開も期待できる。それは,今後の音声研究の真の意味でのさらなる発展可能性を示すものである。
 また,一型アクセント地域でも,2つの環境で文音調が異なることにも触れられていて,イントネーションの普遍性の解明にも繋がる研究である。
優秀発表賞(第22回日本音声学会全国大会)
皆川 泰代(受賞者)・Franck Ramus・佐藤 裕・馬塚 れい子・Emmanuel Dupoux「4ヶ月児における音声,非音声に対する脳反応の側性化」
授賞理由:
 本発表は,特に日本で進んでいる脳機能測定技術である近赤外分光法(NIRS)を用いて4ヶ月児の母語,非母語,情動音声,サルのコール,コントロール刺激の5条件の音声処理を検討した研究である。
生後間もない乳児の脳はどのような環境にも適応できる様々な潜在能力を秘め,発達と共に生まれた環境に脳をチューニングしていくことが知られているが,本研究は世界で初めて4ヶ月で母語に適した脳内機構が出来ていることを示した。
 またその一方で,動物のコールに弱い脳反応しか示さない成人と異なり,乳児はまだ異種のコミュニケーションコールに反応する脳の柔軟性が残されていることも示唆した。
 この研究は音声の発達と進化そしてその生物学的基盤について新しい知見を示した意義ある研究である。  発表の仕方,質疑応答の態度についても高く評価された。