日本音声学会 研究倫理ガイドライン

本ガイドラインは、日本音声学会(以下、本学会)の会員が、音声研究の諸分野において、研究協力者の参加を必要とする場合の倫理的指針、ならびに研究成果を公表する際の倫理的指針を示したものである。研究協力者とは、言語調査や音声収録、聴取実験、身体的測定を伴う実験など、研究者が遂行する研究に協力を依頼する対象者(被験者)を指す。本学会の会員(以下、研究者)は以下の指針を遵守しなければならない。
1.研究に関する指針
1.1.説明と同意(インフォームドコンセント)
  • 研究協力者に対しては、あらかじめ研究の目的、方法、収集するデータの種類と量、考えられる利益・不利益等を十分に説明し理解を求めた上で、原則として書面により同意を得なければならない。
  • 研究協力者が未成年者である場合や、身体的機能等の制約により本人から十分な理解と了解を得ることが困難な場合には、研究協力者の代理人(保護者/後見人等)から原則として書面により同意を得なければならない。
  • 上記同意がなされ、研究協力が開始されていても、研究協力者は随時協力を中断ないし終了できることを事前に説明しなければならない。
  • 止むを得ない理由により書面による同意が困難な場合には、他の可能な方法により同意を得、それを確認したことを示す記録を残さねばならない。
  • 事前に研究目的・研究計画の詳細を伝えることが研究の妥当性を損ねる場合には、事後に説明を行い、了承を得ることができる。
1.2.インフォームドコンセントの省略
  • 調査・研究が被験者に苦痛や不利益を与えるものではない場合、以下のようなケースではインフォームドコンセントの取得を省略することができる。
ア) 通常の学校教育環境で実施される教育手段、カリキュラム、クラス運営などを対象とした研究で、被験者の個人情報が保護されている場合
イ) インフォームドコンセントの対象者を特定することが困難な場合(自然参与観察、アーカイブからの情報抽出など)で、回答を公開することが被験者に不利益や名誉棄損をもたらす可能性が認められない場合
ウ) 既に一般公開されているデータ(コーパス等)、文書類、病理標本、診断用標本などで資料提供者を特定できないものだけを用いている場合
エ) インフォームドコンセントの概念が一般化する以前(おおむね2010年以前)に収集されたデータであり、被験者が既に死去しているか健康上の理由でインフォームドコンセントを得ることが不可能ないし著しく困難であると判断される場合、あるいは転居等によって相応の努力を払った後にも連絡が不可能と判明した場合で、なおかつ、研究成果やデータの公開が被験者に不利益や名誉棄損をもたらす可能性が認められない場合
1.3.研究者の責務
  • 研究者は、研究協力の過程や結果公表にあたって、研究協力者に如何なる不利益や心理的・身体的苦痛、過度の疲労、危害等を与えてはならない。
  • 研究者はその立場を利用して必要以上に研究協力者のプライバシーを侵したり、研究への参加を強要したりしてはならない。
1.4.個人情報の管理と公表に伴う責任
  • 研究者は、同意の得られた目的と了承された範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。
  • 研究の過程で得られた個人情報は、他者に漏れないよう厳重に保管し、これを管理しなければならない。
2.研究成果の公開に関する指針
  • 本学会の機関誌に研究成果を投稿しようとする者、または全国大会や研究例会等において研究発表を行おうとする者は以下の規定に従わなければならない。
2.1.剽窃(盗用)
  • 剽窃とは、他人の文章・アイデア・データまたは研究成果を読者に自分のものであると誤解させるような方法で、原著者に無許可で使用する行為である。剽窃は研究倫理に反する行為であり、絶対に行ってはならない。
  • 剽窃には過去に研究者自身が発表した成果を新規な内容を追加することなく再発表することも含まれる(自己剽窃)。
2.2.著者の記載
  • 研究成果の著者として氏名を記載する者は、研究の概念・設計・実施・解釈にはっきり貢献した者に限定する。
  • 反対に、研究成果に対して著しい貢献をしたすべての者には、著者として記載される機会を提供しなければならない。
  • 論文を投稿する研究者は、共著者全員が論文または発表抄録の最終版を見て、投稿に同意していることを確認しなければならない。
  • 当該研究で利用した他者の研究は、参考文献に含めるか、謝辞において適切に言及しなければならない。会話・通信・第三者との話し合いなど個人的に入手した情報は、情報の出所となった研究者の明示的な許可なしに使用したり、報告したりしてはならない。
  • 原稿の査読や助成金申請などの機密を要する業務の過程で得られた情報は、当該著作物の著者の許可なしに利用することはできない。過去に出版された研究成果を複製したり、翻案したりする場合は、原著作権者の許可を得なければならず、それが複製ないし翻案である旨を原稿に記載しなければならない。
2.3.研究記録の維持
  • 当該研究によって得られたデータや分析結果は、個人情報の保護と両立する形で、発表前には共同研究者が、また発表後も一定期間は第三者が再検討を行なえる形で記録され、維持されなければならない。この期間は論文公開後10年を目安とする。
2.4.誤りの報告
  • すべての著者は、出版された著作物に誤りを発見した場合は、速やかに撤回または訂正する義務を負う。
2.5.データの捏造と選択的な秘匿
  • データの捏造は、科学的行為の規範を逸脱した行為であり絶対に行ってはならない。
  • 意図的に誤解を生じさせるために、また真実を秘匿する意図をもってデータの一部だけを選択的に報告すること、他人の研究成果からデータや研究結果を盗用することも、捏造と同じく科学的行為の規範を逸脱した行為である。
2.6.利益相反の開示
  • 研究者は、投稿された原稿や本学会での発表に影響をおよぼす可能性のある、以下のような手段で個人的な利害関係を開示する義務がある。
ア) 全著者の所属と研究の資金源を論文または予稿集原稿に明記する。
イ) 論文の出版や研究発表が研究者ないし共著者の金銭的利益に直接つながる場合は、その旨を論文や予稿集原稿の謝辞欄または注釈に記載する。
ウ) 当該論文や発表での報告に関与する企業や営利団体と研究者との間に金銭的な利害関係がある場合は、その旨を報告する。
2.7.成果発表時における個人情報の保護
  • 研究の結果を公表する際には、研究協力者が特定されることのないよう配慮しなければならない。
  • 研究協力者の匿名化が困難な場合、あるいは何らかの理由で研究協力者の氏名等を公表することが望ましいと考えられる場合は、公表に関してあらかじめ研究協力者の同意を得なければならない。
本ガイドラインは、2021年10月1日より施行する。